夜の草原を、一匹のドラキーが飛んでいた。
紫色の羽を震わせながら、低い空を静かに漂う。
遠くには村の灯り。
人間たちが笑っている声が聞こえる。
ドラキーは、その光をじっと見ていた。
近づきたい。
でも近づけない。
人間は、ドラキーを見れば剣を抜く。
「モンスターだから」
それだけの理由で。
ドラキーは、生まれた時から魔王軍だった。
いや、正確には「魔王軍に分類されていた」。
本人にその自覚はない。
ただ夜に飛び、木の実を食べ、ときどき仲間と鳴き声を交わすだけ。
だが人間は違った。
人間にとって、ドラキーは「敵」だった。
冒険者の少年が、最初に倒す練習相手。
レベル1の経験値。
たったそれだけの存在。
ある日。
草原で、一人の勇者見習いが現れた。
まだ子供だった。
革の服。
銅の剣。
震えていた。
「……モンスターだ」
少年は、明らかに怖がっていた。
ドラキーは動かなかった。
ただ見ていた。
すると少年は叫びながら剣を振った。
ザシュッ。
羽が裂けた。
ドラキーは悲鳴を上げる。
しかし少年は止まらない。
「うおおおお!!」
恐怖をごまかすように、何度も剣を振る。
ドラキーは逃げた。
夜空へ。
血を流しながら。
「人間は怖い」
その日から、ドラキーは人間を避けるようになった。
村の近くにも行かない。
音が聞こえるだけで身を隠す。
だが、それでも討伐隊は来る。
人間たちは言う。
「魔物を減らさないと危険だ」
でもドラキーにはわからなかった。
自分は誰を襲った?
何を壊した?
ただ空を飛んでいただけなのに。
ある雨の日だった。
ドラキーは森の奥で、一人の少女を見つける。
泣いていた。
足を怪我していた。
村から離れ、迷ったらしい。
少女はドラキーを見るなり固まった。
恐怖。
その目を、ドラキーは知っていた。
何度も見た目だった。
ドラキーはゆっくり後ろへ下がる。
襲う気はない。
だが少女は動けない。
震えている。
しばらく沈黙が続いた。
やがてドラキーは、小さな木の実を少女の前に置いた。
少女は驚いた顔をした。
ドラキーは何も言わず、ただ空を見た。
雨は強くなっていく。
少女は少しずつ理解した。
このモンスターは、自分を襲わない。
それどころか、助けようとしている。
夜が来た。
ドラキーは少女を背中に乗せ、ゆっくり飛んだ。
重かった。
羽も痛かった。
でも少女を村まで届けた。
遠くに灯りが見える。
その瞬間だった。
「いたぞ!! モンスターだ!!」
村人たちが叫ぶ。
弓を構える。
ドラキーは止まった。
少女が叫ぶ。
「違う!! この子は悪くない!!」
だが矢は放たれた。
一本。
二本。
三本。
ドラキーの体に刺さる。
空が揺れる。
羽が動かない。
少女が泣いている。
でも、人間たちは止まらない。
「危険な魔物だ!!」
「倒せ!!」
ドラキーは最後に思った。
どうして。
どうして、人間は話を聞いてくれないのだろう。
ドラキーは落ちた。
夜の草原に。
静かに。
少女は駆け寄った。
小さな体を抱きしめる。
温かかった体が、少しずつ冷えていく。
ドラキーは最後に少女を見た。
怖がっていなかった。
初めてだった。
自分を見て、恐怖の目をしなかった人間は。
ドラキーは少しだけ嬉しかった。
口元が、わずかに緩む。
そして静かに目を閉じた。
数年後。
少女は大人になった。
村の外れに、小さな石碑がある。
そこにはこう書かれていた。
「最初に優しさを教えてくれた友へ」
夜になると、ときどき小さな羽音が聞こえるらしい。
誰もいない空。
月明かり。
紫色の影。
村人たちは言う。
「あれはドラキーの霊だ」と。
でも、あの少女だけは違った。
「違うよ」
「きっと今も、空を飛ぶのが好きなんだよ」
そう言って、静かに夜空を見上げるのだった。


コメント