「今年も一年、ご苦労だった。」
魔王ヴォルグが静かに立ち上がると、巨大な宴会場は拍手に包まれた。
ここは魔王城地下三階。
普段は軍議や作戦会議が行われる大広間だが、この日だけは違う。
年に一度だけ開かれる、魔王軍の忘年会である。
長い戦いの一年を終えた幹部たちも、今日は剣を置き、鎧を外し、一人の仲間として席に着いていた。
勇者たちは当然、この光景を知らない。
彼らにとって魔王軍とは「倒すべき敵」でしかない。
しかし、敵にも生活があり、仲間がいて、一年を振り返る時間がある。
そんな少し不思議な夜の物語である。
開会の挨拶
魔王ヴォルグはグラスを持った。
中身は赤い果実から作られたジュースだ。
酒ではない。
翌日も見回りや警備がある者が多いため、飲み過ぎは禁止という決まりがある。
「今年も勇者一行との戦いが続いた。」
会場が静かになる。
「失った仲間もいた。しかし、多くの者が王国との戦いを支えた。」
魔王は深く頭を下げた。
部下たちも同じように頭を下げる。
誰も声を出さない。
その沈黙だけで十分だった。
「今日は難しい話はしない。食べて笑って帰ろう。」
その一言で会場は大きな拍手に包まれた。
幹部席は意外と普通
軍団長ディアスは豪快に肉へかぶりついている。
知将ネメシスは料理の盛り付けを細かく気にしている。
四天王リリアは甘いデザートばかり食べていた。
「またケーキか。」
ディアスが笑う。
「甘いものは別腹よ。」
「戦場では怖いのに、今日は子どもみたいだな。」
「その話、部下の前で言ったら凍らせるわよ。」
周囲から笑いが起きた。
普段なら考えられない光景だった。
新人紹介
今年入隊した新人たちが前へ呼ばれた。
ゴブリン。
オーク。
リザードマン。
インプ。
みんな緊張している。
「一人ずつ今年頑張ったことを話してください。」
司会役の側近クロノが言う。
最初のゴブリンは震えながら立ち上がった。
「えっと……門番を一年間続けました。」
拍手。
「勇者に吹き飛ばされました。」
さらに大きな拍手。
「三回です。」
爆笑。
本人も照れながら笑っている。
魔王軍では失敗を笑うのではない。
立ち上がったことを笑顔で迎える文化があった。
ビンゴ大会
忘年会恒例。
ビンゴ大会が始まった。
一等賞は魔王城温泉一泊券。
二等賞は高級ステーキ。
三等賞は特製マント。
「リーチ!」
「まだ開かない!」
「また一個違う!」
宴会場は戦場以上に盛り上がっていた。
最後に一等を引き当てたのは、入隊二か月の新人スライムだった。
「えっ、本当に私ですか?」
涙ぐみながら景品を受け取る。
魔王ヴォルグは笑顔で拍手した。
「運も実力のうちだ。」
勇者の話題
食事が落ち着いた頃、一人の若い兵士が質問した。
「魔王様。」
「どうした。」
「勇者って、本当に悪い人なんでしょうか。」
会場が静かになる。
魔王は少し考えてから答えた。
「悪人ではない。」
全員が顔を上げた。
「彼らは彼らの正義を信じている。」
魔王は続ける。
「私たちも、自分たちの世界を守ろうとしている。」
「だから戦う。」
「互いに守りたいものが違うだけだ。」
宴会場には重い空気ではなく、どこか優しい静けさが流れた。
一年間の表彰
今年もっとも活躍した兵士が発表される。
最優秀賞。
城門警備隊隊長グラン。
「一年間、一度も持ち場を離れませんでした。」
大きな拍手。
努力賞。
食堂料理長モルガ。
「毎日三百人分の食事を作りました。」
また拍手。
新人賞。
スライム隊員ピコ。
「勇者に十五回倒されても戻ってきました。」
会場は笑いと拍手で包まれた。
魔王の最後の言葉
宴も終わりに近づく。
魔王ヴォルグは最後に立ち上がった。
「今年もよく頑張った。」
「勝った日も負けた日もあった。」
「しかし、お前たちは最後まで仲間を信じた。」
魔王は一人ひとりを見渡した。
「強さとは、誰かを倒す力ではない。」
「苦しい日でも前へ進む力だ。」
その言葉に、多くの兵士がうなずいた。
帰り道
忘年会が終わる。
兵士たちは笑顔で帰っていく。
「来年も頑張ろう。」
「今度こそ勇者に勝ちたいな。」
「まずは朝寝坊しないことだ。」
そんな何気ない会話が廊下に響く。
魔王城は再び静かな夜へ戻っていった。
遠くには冬の星空。
その下で、勇者たちもきっと焚き火を囲みながら一年を振り返っているのかもしれない。
敵も味方も、それぞれの立場で一年を生き抜いた。
だからこそ、新しい年を迎える夜だけは、剣ではなく笑顔を持って過ごしてもいい。
そんな優しい時間が、この世界にはあってもいいのだろう。
魔王軍の忘年会は、今年も静かに幕を閉じた。
来年もまた、それぞれの信じる世界を守るために戦う。
その前の、ほんのひとときだけ。
魔王軍は「敵」ではなく、一つの家族として笑い合っていた。


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